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南仏イスラーム事情 [そういえば僕は南仏に住んでいたんだっけ]

フランス通を標榜する人の本を読んだ。あまりの皮相なフランス理解に愕然とする。

フランスのイスラーム教徒に関して「マホメットの教えには固執し、考え方や生活様式を変えるつもりはないので、同化することは難しい」との記述がある。読んだ瞬間、脳が沸騰した。

僕にはイスラーム文化圏の友人もいるが、彼らがフランスに同化していないなどあり得ない。フランス語を上手く話せなかった第一世代ならいざ知らず、完璧なフランス語を繰る現在の世代は確実にフランス文化の一部になっている。だいたい現代フランスの英雄、ジダンの出身地はどこだと思っているのだろうか?北アフリカ、アルジェリアではないか!!

確かにイスラーム文化圏である北アフリカからの移民が社会問題となることは多いが、その問題の主要な原因は確実に貧困だろう。そこに宗教がどのように絡んでいるか、あるいはいないかは、簡単に断言できる問題ではないのだ。だいたい、フランス文化がカトリックに基づいていることは認めるにせよ、それ以外の宗教は同化が難しいというのなら、ユダヤ教徒はどうなるのか?あるいは大量のアルメニア系フランス人が通うアルメニア正教会の存在はどうなるのか?

南仏のエクスの大学の同僚にラエドというパレスチナ人がいた。故郷のラマラには帰りたいが帰れない、と言っていたので、おそらく亡命の身の上だったのだろう。そもそもパレスチナのパスポートなどないも同然である。そのラエドからある日、デモに来い、と誘われたことがある。彼が実行委員の一員となって、イスラエルの侵攻に反対する大規模なデモを企画していると言うのだ。

デモ隊は、観光地としても有名なマルセイユの旧港(ヴュー・ポール)に集まっていた。まずは殉教者への黙祷から始まる。気がつくと、やはり亡命申請をしている共産主義者のトルコ人バイラムが横にいて「気をつけろ、トモオキ、オレもこのデモには賛同するけれど、この中には過激な原理主義者も混じっているんだ」と囁く。(トルコでは共産主義は違法)

歩きながら、日本人女性研究者の友人に、とある女性を紹介された。ラエドを紹介してくれたその日本人の友人によれば、エクスの大学に在籍するパレスチナ人教授の奥さんだと言う。この教授、何とアメリカのコロンビア大学の比較文学研究者として名高いパレスチナ人学者エドワード・サイードの親友だとかで、何でもサイードは生前時々お忍びでエクスに遊びに来ていたのだそうだ。チュニジアの歴史を研究しているという僕の友人はその奥さんに随分気に入られているのだと言う。

ラエドは先導するトラックの荷台に乗り、雄叫びを上げている。

すると突然、ある若者の集団が何やら叫び出した。すると、それまで穏やかな笑顔をたたえ僕らの傍を歩いていたそのパレスチナのマダムが、鬼の形相になり、駆け出していく。

聞くところによると、その若者たちはユダヤ人に対する差別的文句を叫び始めたという。彼女は言う、「私達が反対しているのは現在のイスラエル政権であり、その軍事的政策だ。決してユダヤ人に敵対しているわけではない。こういうデモだからいろんな人が来るのは避けられない。でも、ああいう差別発言を許してしまえば私達が差別主義者だと思われる。何としてでも阻止しなければならない。私達は決して反ユダヤ主義者でもなければ、差別主義者でもないのだから。」

フランスに住むイスラーム系知識人の矜持だと思う。

翌日、ユダヤ系カトリックの出自を持つ言語学者フランソワーズ・ドウェ氏に、反イスラエルデモに行ったことを告げた。「あら、それは良いことをしたわね」と、僕の大切な共同研究者である彼女は言う。

これが僕の知っているフランスだ。

ラエド、バイラム、長い間会っていないけど、僕は君らのことを決して忘れない。


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yokonozo

フランスに行く度、
あまりのアフリカ系市民の多さに驚くと言っているのは、ウチの母親です。
ただし、パリに行くと、フランス語が通じにくい出稼ぎの人もたくさんいるそうで、
パリに関しては雑多な印象があるそうです。
しかし何回か行くたびに、
肌が褐色でも黒くても流暢なフランス語を使う人に、
違和感がなくなっていったそうです。

日本はまだまだだな…と思います。
by yokonozo (2008-05-21 21:39) 

黒木

移民が多いのは、あきらかに過去の植民地政策が影響しているでしょう。

でも、原因は何であれ、彼らは確実に今のフランスの一部となっています。

この本の著者がフランスにいた頃は、丁度、9/11の後で、イスラーム教徒女性のスカーフ禁止が法律的にも禁止された時期でした。

その時のマスコミ報道、つまりは政府の公式見解の上澄みだけを吸い上げて書いているような印象を受けます。

フランスにおけるライシテ=政教分離の問題は結構複雑なんだけれど、いろいろな歴史があり、簡単には判断できないところがたくさんあります。

9/11の後ということで、イスラーム教徒には不利な状況でありました。で、2008年の視点で書くなら、それをまとめて分析しなければまずいでしょう、と思うのですが。
by 黒木 (2008-05-22 08:08) 

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